2021年07月26日
ランチェスター弱者の基本戦略は差別化である。差別化戦略に取り組む方法論は数多くある。筆者も既存の方法論を応用する、組み合わせる、などして様ざまな手法を開発してきた。書籍やセミナーで提唱し、コンサルティング先企業に指南し、活用している。
差別化戦略に取り組む方法の一つが「差別化の2M4P」である。2つのMと4つのPという意味だ。4つのPは有名なマーケティングの4Pである。マッカーシーという学者が提唱したことからマッカーシーの4Pともいわれる。Product(製品)、Price(価格)、Place(販売チャネル)、Promotion(販売促進)である。4Pについては別の機会に解説する。
4P と同等以上に重要な差別化のポイントが2Mである。2Mとは筆者が付け加えたものである。Mission(理念と、事業の定義)、Market(市場や顧客層)である。Mission(理念と、事業の定義)の差別化については、この「社長の戦略」で提言してきた。
●理念の差別化
第30回 理念的であることが最も戦略的である
>>https://sengoku.biz/福永雅文のブログ/社長の原理原則/第30回_理念的であることが最も戦略的である
第34回 理念を差別化の武器にする方法
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●「事業の定義」の差別化
第12回 事業の定義
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第35回 「事業の定義」理念と戦略を橋渡しするもの
>>https://sengoku.biz/福永雅文のブログ/社長の原理原則/第35回_「事業の定義」理念と戦略を橋渡しするも
今回はMarket(市場や顧客層)の差別化について、創業439年の超長寿企業の株式会社印傳屋上原勇七を例に挙げて解説する。
伝統工芸品であり日本的だけど、モダンなデザインで人気の「印傳屋上原勇七」。縁あって社長とお会いし、筆者も甲州印伝の魅力にはまった。名刺入れや財布は長年、印伝を愛用している。印伝とは鹿の革に漆で装飾を施した革製品である。古代にシルクロードを伝わってインドから伝来した技法と伝わる。奈良の正倉院に当時のものが保存されている。インド伝来から印伝と呼ばれるとのこと。甲州・山梨が産地である。
印伝といえば印傳屋上原勇七である。特定分野でNo.1の会社である。同社は1582年に甲州で創業した。戦国時代である。創業期の同社は甲冑をつくり、武将に販売していた。オーダーメイドの工房だったのだろう。甲冑は武将の戦闘服である。と同時に死装束でもある。機能性とともに美意識も求められた。これが印傳屋のルーツである。
しかし、江戸時代になると甲冑の市場は縮小する。戦のない時代だからだ。印傳屋は合切袋や煙草入れなどの袋物の革製品をつくる。いまでいうなら和装小物である。甲州商人に卸し、行商などを通じて町人に販売していく。粋でいなせな江戸の町人のおしゃれアイテムだったのだろう。ところが、明治時代に入り、時代は和装から洋装へと変わっていく。和装小物の市場もまた段階的に縮小する。一方で、戦後、観光市場が大きくなってきた。東京から山梨の温泉地に観光に来る人が増えた。甲州名物のお土産の代表は印鑑や水晶や貴金属である。その入れ物としての袋物に印傳屋は活路を見出す。お土産市場である。
80年代に入ると観光市場も海外へのシフトが始まった。お土産市場もいずれ衰退する。そこで、印傳屋は新たな市場開拓に挑戦する。ファッションブランド化である。馬具の工房だったエルメスは世界的なファッションブランドとなった。ルイヴィトンは旅行鞄職人から発展した。甲州印伝の歴史はそれらの倍以上ある。ファッションブランドになれないはずがないとの当時の社長の判断だ。
東京の青山と大阪の心斎橋に直営のブティックを開設。ファッションブランド化に成功し、今日に至る。
印傳屋上原勇七は、鹿革に漆で装飾する古代インド伝来と伝わる伝統工芸の技法は守りながら、武将の甲冑→町人の和装小物→温泉地のお土産市場→革製品のファッションブランドと、売りモノを変え、売り先を変え、売り方を変えて400年を超える超長寿企業となった。
Market(市場や顧客層)の差別化は、4P(製品、価格、販売チャネル、販売促進)の方向を左右することも印傳屋の事例で伝わったと思う。4Pと同等以上に2Mが重要とはそういう意味だ。Marketの差別化は、長期的にはどの会社も取り組まなければならない。コロナによりデジタル化の流れは待ったなしになった。社長はいま、Market(市場や顧客層)の差別化について点検していただきたい。