
2026年04月30日
26年3月刊行の15冊目の拙著「教養としてのランチェスター戦略」は
経済の語源の経世済民とエコノミーの語源をたどり、
経済の定義は「人びとの暮らしをよくするために、商品・サービスの生産から消費に至る社会的な仕組み」であると示すことから書き起こした。
詳しくは下記を参照。
https://sengoku.biz/出版物/教養としての「ランチェスター戦略」
「経済」が暮らしをよくするためのものであるなら、「経営」も単なる金儲けであるはずがない。
経営とは顧客・社員・取引先・地域・社会――すべての関係者の幸福を追求する、崇高なる社会活動である。
しかし、崇高な想いだけでは人は養えない。
サービスは届けられない。
社会は変えられない。
利益は目的ではないが、目的を果たすために無くてはならない条件である。
理念なき利益は、やがて腐るが、利益なき善意は、やがて枯れる。
ゆえに社長は、両極を同時に追求しなければならない。
一方の極に「崇高な社会活動」、もう一方の極に「金の臭いへの嗅覚」を。
金の臭いとは第一に市場性、第二に優位性、そして第三に再現性である。
市場性とは①成長市場、②需要過多で供給が追いついていない、③潜在需要の顕在化のきざしがある。
優位性とは①時間的優位性・先行者利益、②自社のノウハウや能力で優位に戦える・模倣困難、③大手が手をだしにくく強いライバルが少ない(ニッチ・面倒くさい・人が嫌がる仕事など参入障壁が高いビジネス)。
再現性とは①ビジネスの仕組みにできる(ビジネスモデル化)、②継続性のあるビジネス。
拙著「教養としてのランチェスター戦略」ではビジネスモデルについても解説した。参照してほしい。