2022年05月16日
ゴールデンウィーク中に今村翔吾の「八本目の槍」を読んだ。今村は2022年1月、「塞王の楯」で第166回直木賞を受賞した歴史・時代小説作家である。直木賞受賞の2年前に書かれたのが「八本目の槍」である。本作も二つの文学賞を受賞している。
主人公は石田三成である。明智光秀と石田三成は、かつては謀反人や頭はよいが世渡り下手というイメージだったが、近年は見直されてきている。光秀は一昨年、大河ドラマで主人公として描かれた。三成もまた、そうなる可能性がある。歴史小説の新たな書き手として注目されている今村が三成をどう描くのか。その興味で読んだ。
本作は石田三成が主人公だが、その出番は少ない。石田三成とは何者だったのかを、加藤清正、福島正則らを通して迫るという構成である。三成や清正や正則は豊臣秀吉が織田家の重臣となり、近江長浜城の城主となったときに小姓として仕えた。
小姓とは元服したての若手家臣を秘書兼ボディガードにしたものである。寝起きを共にした若者集団である。結びつきが強い。寮生活をしている運動部の学生といった感じだ。
新興勢力だった秀吉には代々の家臣がいない。見どころのある若者を側近として育てて将来の重臣にしようとした。そして、秀吉が柴田勝家と戦った「賤ヶ岳の戦い」で小姓たちは活躍した。特に功績の大きかった七名を秀吉は「賤ヶ岳七本槍」として賞した。それが、加藤清正や福島正則らだ。そのとき三成もそれなりの活躍をしたが七本槍には選ばれ
なかった。いわば八本目の槍だった。
本作は七本槍が一人一章ずつ主人公のように登場し、小姓仲間だけが知る三成の真の姿に迫っていく。第一章が加藤清正で、最後の第七章が福島正則である。清正の第一章で、秀吉亡き後の豊臣家を徳川家康からどう守るのか、新しい時代をどうつくるのか、といった問題提起がなされる。第二章以降でその答えを探っていき、最終章の正則が伏線を回収
し、まとめていく。見事な構成である。
さて、その物語のなかで、三成は戦の理(ことわり)を発見する。戦の勝ち負けを研究した三成は勝利の方程式(理)を見出す。その方程式を活用すれば、どうすれば家康に勝つことができるのかを算出する。
その方程式は二つある。ランチェスター法則によく似ている。確証はないが、おそらく作者はランチェスター法則に着想を得て、作品に取り入れたものと思う。ご興味があれば、「八本目の槍」をお読みになるとよい。
豊臣政権で政務を担った三成ら文治派と、軍務を担った清正や正則ら武断派の派閥争いが豊臣家を滅ぼすことになったといわれてきた。だが、本作は小姓仲間が自分たちの実家である豊臣という家をどう守るか、新たな世をどうつくるのかといった視点で三成と小姓仲間について描いている。面白かった。