小が大に勝つ、弱者逆転の戦略。インタビュー記事

PDFスクリーンショット


ゲスト:

福永 雅文(ふくなが まさふみ)氏
戦国マーケティング株式会社 代表取締役 / ランチェスター戦略学会 副会長

聞き手:

室舘 勲(むろだて いさお)氏
株式会社 潮流社 代表取締役社長

矢野弾先生との出会い

――― 福永先生はランチェスター戦略コンサルタントでいらっしゃいます。私と福永先生は、カレントの先代、故・矢野彈先生という共通の先生を持ちます。福永先生と矢野先生の出会いはいつでしたか。

福永:矢野先生は、NPO法人ランチェスター協会という団体設立の発起人のお一人で、設立後は運営に協力され、ご意見番のような立場でいらっしゃいました。私が初めて矢野先生にお会いしたのは、1996年にその協会に私が出入りするようになったときです。

その後、2005年に私は初めて本を出版する機会を得まして、その本を矢野先生にお渡ししたところ、いたく喜んでくださいました。そのときに矢野先生から「コンサルタントは、社長をはじめとする人を教え導く存在ですから、一層、人格を磨きなさい」とアドバイスをいただき、本誌「カレント」をいただきました。競争において、覇道ではなく王道を歩みなさい、という趣旨と受けとめ、それ以来「カレント」を愛読しています。

「競争を指導する者は、一般の人よりも特段の倫理観・道徳観が求められる」と学び、現在まで長く求められるコンサルタントになることができたのは、矢野先生とカレントのおかげだと思っています。

先生がお亡くなりになる1年前、室舘代表の依頼を受けて、カレントで「競争の哲学」を1年間執筆させていただきました。矢野先生が亡くなる前に、少しでも成長した私のことをお示しすることができました。

今回のインタビューは、私の柄ではないのでお断りすべきかと思ったのですが、長くカレントを読んで自分の仕事や人生に役に立ててきた者として、読者の方の役に立つ話もできるかなと思ってお引き受けしました。



「小が大に勝つ」という原体験

――― 福永先生は広島県のお生まれですね。どのような幼少期だったのですか。

福永:父が海上自衛官で、父の仕事の関係で、広島県呉市にて生まれ育ちました。子どもの頃は気が弱くて体も弱くて、運動神経も悪くて、勉強は普通という、いわばどこにでもいる「その他大勢」だったと思います。 転換点となったのが、小学校3年のときに「国盗り物語」という、司馬遼太郎原作の大河ドラマを観たことでした。それまで、私にとってのヒーローは仮面ライダーやウルトラマンだったわけですが、歴史上の人物もまた魅力的だなと感じたんですね。下克上とか、やることが破天荒だったり、失敗もしたりします。主人公である斎藤道三も織田信長も二人とも人間くさい、だけど図太く生きた人物にリアリティーを感じて「歴史って面白いな」と感じたんですね。

そして4年生の誕生日におねだりして10冊ほどの歴史漫画「まんが日本の歴史」を買ってもらいました。夢中になって一気に読む中で、私は重大なことに気がついたんですね。それは、歴史とは基本的に「戦の歴史」であり、戦いが常に起きる。そして戦いとは大体「大が勝って小が負ける」が、ときどき「小が勝って大が負ける」ことがある、そのときに歴史が動くんだ、ということです。

―― 子どもながらにそれは大発見ですね。
福永: 大人が聞けば当たり前だと思うかもしれませんが、小学生の私には大発見でした。電流が流れるぐらい強烈な凄いことを発見してしまった、という感触がありました。それをきっかけに、もっと世の中のことを知りたいと興味が湧き、学校の社会科の授業が面白くなったんですね。

するとクラスで一番歴史に詳しくなって、気がつくと4年生の終わりには、社会科の成績はクラスで一番だと先生から言われました。そこで自信がついたのでしょうか、勉強するコツが分かったのでしょうか。以降は他の科目の成績も上がり、小学校を卒業する頃には、全教科で上位になりました。その自信から性格も明るくなり「その他大勢」から抜け出せたような気がします。

これは、弱い者が強い者に勝つことはちょっとしたきっかけで十分可能だ、ということの経験です。また、自分が弱かったものですから、「弱い者の味方でありたい」と思うようになりました。今の仕事につながる原体験だった気がしています。



ランチェスター戦略との出会い

福永: 関西大学でマーケティングを学びました。記憶に残っているのは、1960年代アメリカのレンタカー会社「エイビス」の有名な広告、"AVIS is only No.2. We try harder."(※原文ママ、一部スペル修正) つまり「エイビスはナンバー2です。だからこそ一生懸命に仕事します」という趣旨の広告です。さらに「2番手だから空いていますので、どうぞウチに来てください」というオチもついています。この広告はエイビスを躍進させます。2番手であるという弱みの中に強みを見出す。弱い者でもこういった企画や工夫によって、状況をひっくり返すことができるんだ、ということを学びました。

――― 「まさに小が大に勝つ」ですね。ランチェスター戦略とはどのように出会いましたか。
福永: 1986年に大学を卒業し、東京でマーケティング関係の仕事をしてきました。社会人になって10年目に、勤めていた会社の指示でランチェスター戦略を学ぶためにランチェスター協会に出入りするようになります。 ランチェスター戦略を学んでいく中で、これは自分に向いているなと感じたんですね。

私の「弱い者の味方でありたい」という想い、「小が大に勝つと歴史が動く」という原体験と、ランチェスター戦略の「小が大に勝つ」という考え方が一致していると思ったからです。世の中には弱くて地味な会社のほうが多いです。そんな弱者の反撃のきっかけになりたいと思ったのです。

当時はインターネット黎明期。世間にネット系、デジタル系の潮流が押し寄せ、皆がそっちに向かっていきました。皆が最先端を追うのであれば、私はあえて逆方向の「古典」であるランチェスター戦略を軸に据えることは強みになると感じた部分もあります。古典は原理原則だから普遍性があり、再現性がある。これは、日進月歩の最先端技術とは対照的に、いつの時代も通用するだろうと思ったのです。そして、1999年にランチェスター戦略コンサルタントとして独立しました。



競争戦略のバイブル

――― ここで「ランチェスター戦略」について詳しくお伺いできますか。
福永: ランチェスター戦略は、今から50年程前に、日本人コンサルタントの田岡信夫先生という方が確立した、日本固有の競争戦略、販売戦略です。田岡先生は1960年代からコンサルタントとして活躍された方で、田辺経営の田辺さんや船井総研の船井さんらと同じ頃にコンサルタントとして活躍された、コンサルタントの草分けのお一人です。1984年に54歳の若さで亡くなられたのですが(※テキストママ)、没後40年経った今も本屋に行けば「ランチェスター戦略」のコーナーがあります。私たち後進のコンサルタントが毎年、本を書いてきているからです。日本で「競争戦略のバイブル」と呼ばれている理論を創った偉大なコンサルタントです。

田岡先生がこの理論を確立するにあたって戦略思想の原点となった法則があります。それが第一次世界大戦時代のイギリス人、フレデリック・ウィリアム・ランチェスターという人物が提唱した戦闘の勝ち負けの方程式「ランチェスター法則」です。その戦闘の勝ち負けの法則を、経営の競争の勝ち負けの理論に応用展開したものがランチェスター「戦略」です。
その特徴は、まずすべての会社を「弱者」と「強者」に分け、「弱者は弱者の、強者は強者の戦略をとりましょう。たとえ弱者であっても、弱者の戦略に徹すれば勝つ可能性は見いだせます」という考え方です。弱者か強者かは、経営規模ではなく「市場シェア」で判定します。シェアが一番高いものが「強者」、2位以下の者はすべて「弱者」です。そして理論だけではなく、地域戦略や営業戦略といった「どうやれば弱者が強者になれるのか」という実務の体系があることが他の理論との大きな違いです。 弱者がどうやって強者に勝つのか。それには「差別化」「一点集中」「接近戦」などによって特定の市場でナンバーワンを目指すことが大切です。


――― ランチェスター戦略はたくさんの企業が導入されていますよね。
福永: トヨタ自動車のシェア目標の40%は、ランチェスター戦略の「41%安定目標値」という数字から来ていると言われています。また、ソフトバンクやHISといった80年代のベンチャー企業の創業時の戦略に影響を与えているなど、そういった例が多々あります。

――― 先生ご自身も、ランチェスター戦略を活かしているのですか。
福永: はい。1つ目は「集中」です。1999年、35歳のときに独立をしましたが、強みを際立たせるために名刺の肩書きを「マーケティングコンサルタント」から「ランチェスター戦略コンサルタント」に変えました。マーケティングコンサルタントと名乗る方は何千人もいますが、ランチェスター戦略コンサルタントを名乗る人は当時4人くらいしかいなかったと思います。狭い市場に「集中」することでその時点で5番目になるわけで、これは競争を考える上で重要なことなんですね。

次に「差別化」です。会社名を「戦国マーケティング株式会社」というアクの強い名前にしました。これはビジネスも戦であること、そして私が子どものときから歴史が好きだということも含めた差別化したネーミングです。例えばアルファベット3文字のかっこいい名前をつけてもよかったのですが、弱者では誰の印象にも残りませんから、差別化をします。万人受けを狙ってもメッセージが薄まるだけです。弱い者は、嫌われてもいいから一部で圧倒的に支持が得られることを追求すべきだという判断で、そういう名前にしました。

3つ目が「接近戦」。顧客との直接的なコミュニケーションを重視するため、メールマガジンを発行して自ら集客してセミナーを開きました。それらが評価され、2005年に初めて本を書く機会をいただきました。以来、ランチェスター戦略を中心に量・質とも大変充実した仕事をしております。



――― 最近はどういうお仕事が多いですか。
福永: ランチェスター戦略を指導原理に経営戦略や営業の仕組みを企業に導入する仕事が主です。また、経営課題・ニーズに応じたテーマでも仕事をしています。例えば私は地域戦略が得意なのですが、全国の支店営業所を再編したいとか、利益率を上げたいとか、営業のマニュアルを作りたいとか、そういった個別ニーズに応えるオーダーメードのコンサルティングもおこなっています。

また戦略づくりをする企業内研修や、公開講座や講演会の講師もやっています。

5年前から、室舘代表が主宰されているキャリアコンサルティングの「しがく」にて、若いビジネスパーソンを対象にした「個人の戦略」というテーマで一年間の講座も担当させていただいています。昨年は若者向けのランチェスター戦略の本『ランチェスター戦略 超入門』(ビジネス教育出版社)を出版することもできました。その講座で学んだ若手の成果を事例として解説しています。



「好漢惜しむらくは兵法を知らず」

――― カレントの読者である、若手経営者に何かアドバイスがあればお願いします。
福永: 矢野弾先生の言葉に「迷ったら原理原則に戻れ」という言葉があります。経営などでリーダーは、重大な意思決定をしなければなりません。当然、迷うことも多いでしょう。そのときに原理原則を知っていれば、勝つ可能性が高まります。勝因、敗因が分析でき、再現性が高まります。それが原理原則です。戦いには原理があり、勝ち方には原則があります。その代表的なものがランチェスター戦略です。経営者の方は知っておいて損はありません。 企業においても個人においても、人の世で生きるうえで競争は避けられません。そして競争する以上は、勝たなければなりません。

重要なのは強みを活かし、一点突破を目指すことです。資源が乏しければあれこれやるほど薄まりますから「ここで勝つ」と一点集中することが大事だと思います。私が子どものとき、社会科の勉強で成績が上がったことが突破口になったという話をしましたが、そのように一つが変わればすべてが変わっていくものです。突破口を一つに絞ることは重視してほしいと思います。

――― 最後に一言、メッセージをお願いいたします。
福永: 「好漢惜しむらくは兵法を知らず」という言葉があります。これは、源頼朝の四代前の先祖、源義家という平安時代の武将のことを評した、大江匡房という人の言葉です。「好漢」というのはいい奴という意味です。「惜しむらくは兵法を知らず」とは「戦い方を知らないことがもったいない」という意味です。 カレントの読者は公精神を身につけたいと思っている人間的魅力のある方が多いと思います。つまりカレントの読者は「好漢」だと思います。その好漢がさらに兵法(戦略的思考)を身につけられれば、これはまさに「鬼に金棒」になります。ご自身の夢を実現し、志を果たし、公に貢献することになろうかと思いますので、ぜひとも、カレントの読者には、戦略も学んでいただきたいと思います。
――― 本日はありがとうございました。


202408月号カレント_福永インタビュー記事.pdf