ランチェスター法則と弱者の戦略、強者の戦略

10分でわかる! 競争戦略のバイブル「ランチェスター戦略」

第2章 クープマンモデルと市場シェアの科学



ランチェスター戦略は別名「市場占有率(マーケット・シェア、市場占拠率)の科学」といわれます。

シェアの理論は戦争の勝ち負けのルール「クープマンモデル」から導き出されたものです。

シェアの目標値を科学的に示した世界唯一の理論です。

1.なぜB29は戦略爆撃機といわれるのか

第二次世界大戦中、米軍は学者を徴用して作戦研究班(オペレーションズ・リサーチ・チーム=ORチーム)を編成し、戦争を科学的・数学的に研究しました。
コロンビア大学数学教授B.O.クープマンらはランチェスター法則に着目し、戦争の法則を数式化しました(クープマンモデル)。

ランチェスター法則は戦闘の法則です。
戦闘開始時の兵力数と武器性能により戦闘力が定まるというものです。
戦闘条件が終始変わらなければ問題ありません。
しかし、長期的な戦いとなると戦闘条件は時間の経過とともに変わります。兵力や武器弾薬、食料などの物資は生産され補給されます。
生産・補給の概念が戦争の勝敗に大きく影響するのです。

クープマンらは戦争力を敵軍と直接交戦する戦術力と、敵の生産・補給拠点を攻撃する戦略力とに区別して捉えます。
クープマンモデルは戦略力2、戦術力1の資源配分が最大の成果をあげることを導きます。
「戦略2:戦術1の原則」
といいます。戦術よりも戦略がより重要だということです。

米軍は重い爆弾を長距離運び、敵の生産・補給拠点を攻撃できる戦闘機B29を開発しました。
B29は戦術爆撃をする戦闘機ではありません。戦略爆撃機といわれる所以です。原爆を運び、爆撃したのもB29です。

対する日本軍は、真珠湾攻撃で敵の軍艦を多数撃破しましたが、軍需工場や燃料貯蔵庫などの生産・補給拠点にはほとんど手をつけませんでした。
このため米軍は軍艦を修理することができ、6カ月後のミッドウェー海戦で日本軍を破るに至るのです。

日本軍は戦術力を重視し、戦略力を軽視していたといわざるをえません。
南方戦線では敵の戦術攻撃で戦死する兵士より補給不足で餓死・病死する兵士のほうが多い始末でした。

福永コメント

戦略の失敗は戦術では取り返せない、と申します。戦略とは意思決定です。何をやるのか。目標を達成するためのシナリオと資源配分を決定することです。

戦術とは意思遂行です。どのようにやるか。戦略シナリオ実行の手段です。

2.市場シェアの目標値

1962年、故田岡先生は社会統計学者の斧田大公望先生と、クープマンモデルを解析して73.9%、41.7%、26.1%の市場シェア3大目標値を導き出しました(田岡・斧田シェア理論)。
後に故田岡先生は3大目標値の組合せから、19.3%、10.9%、6.8%、2.8%の4つを導き出し、市場シェア7つのシンボル目標数値を体系づけました。
これらは実務上キリのよい75%、40%、25%、などと覚えてもらっても差し支えありません。

現在のシェアの競争上の位置づけと、市場に対する影響力などの現状分析と、短期・中期・長期のシェアアップ目標を策定する際の基準値です。

福永コメント

斧田先生は「少年時代に戦争を経験した我々は、なぜ、日本はあんな悲惨な負け方をしたのか。この痛恨の極みを教訓としなければならない」という使命感で、これに取組んだと私に語られました。

クープマンモデルとはどういう数式で、そこから田岡・斧田両先生はどのように解析して73.9%、41.7%、26.1%を導き出したのか。
確認したい方は下記拙著をご覧ください。数式を示しています。
世界一わかりやすいランチェスター戦略の授業  118ページ〜123ページ

3.なぜ、敵を滅ぼさないのか? 〜73.9%上限目標値〜

73.9%を確保すれば、全ての競合他社を足しても26.1%にしかならず、約3倍の差をつけることができます。
いかなる戦いも終結させ、絶対的な一人勝ちできることから市場シェアの最終目標数値として位置づけられました。

大きな市場で一社が7割を超えるケースは、ハンバーガーチェーン市場におけるマクドナルド(75%)など、わずかしか存在しません。
大きな市場でシェア7割は独占禁止法の関係もあり、現実的な目標とはなりません。

しかし、ランチェスター戦略は市場を細分化し、個々の市場で競争地位別の戦い方をすることを指導原理にしています。
商品、地域、販売経路、客層、顧客と市場を細分化していけば独禁法の影響は受けません。

それに弱者はニッチ市場を狙うことも戦略です。
ニッチ市場で7割前後のシェアを誇る企業は数多くあります。
たとえば、お茶漬けの素の市場規模は全体で150億円弱。永谷園はその76%を占めています。2位は5%程度です。

それなら100%独占すればいいでしょうか。
一社独占は必ずしも成長性・収益性・安全性が高いとはいえません。
シェア100%はライバルがいない無競争です。市場が縮小し、成長性が高いとはいえません。
競争があるから各社、製品開発や営業活動などを行い需要が活性化され市場が拡大するのです。

次に収益性です。
シェア7割を超える会社は既に優良な顧客を確保し尽しています。
一般に需要規模が小さすぎる先、移動効率が悪い先などが残ります。
また、世の中には筆者のような判官びいき(弱者を応援する気風の持ち主)がいるものです。
そんなアンチ派にまで支持を広げるのに開発・販促・営業コストをかけるべきとは思えません。

100%独占は安全性が高いともいえません。
メーカーが材料や部品を調達する場合、1社からしか調達できないと、仕入れるメーカーにとってはリスクですから、代替品を探すのではないでしょうか。
その代替品によって市場そのものを失う恐れもあります。
また、ランチェスター戦略では弱者は一騎討ちで市場参入せよというセオリーがあります。
1社独占ならライバル1社ですから勝率五割。弱者の狙い目となってしまいます。

以上から、100%独占は決してよい状態とはいえません。
ライバルがいて、しかも強すぎず、束になってかかって来ても余裕で返り討ちにできる3倍のシェア差がある73.9%こそが、成長性・収益性・安全性が最も高まる上限の目標値となるのです。

4.首位独走の条件〜41.7%安定目標値〜

シンボル目標数値のなかで最も有名なのが41.7%安定目標値です。市場シェア40%は首位独走の条件です。

安定なら過半数の51%ではないかと思われるかもしれません。
2社間競合なら51%を獲得してもライバルが49%なので安定とは言えず、73.9%を確保しなければなりません。
しかし、全国区の総合的な競争では2社間競合は稀です。
多くの業界は5社以上の競合があるので、40%でまず間違いなくダントツになれます。

ダントツになれば成長性・収益性・安全性が高まります。
2位以下は消耗戦を仕掛けても太刀打ちできないので住み分けを意識するようになるからです。
40%を下回ると1位であってもダントツとはいえないケースが増えます。アサヒとキリンが38%前後で拮抗していることが典型例です。

福永コメント

シンボル目標値のなかで最も有名なのが41.7%(≒40%)です。

「シェアはみんなが考えている以上に大事です。40%を切るか切らないかでは、天と地ほどの差がある。40%は単に区切りの数字かもしれないが、経営には明確な旗が必要です。40%はひとつの旗、旗を掲げた以上、それを必ずなびかせなければならない」

「  」内は福永のコメントではなく、1995年、トヨタの社長に就任した直後の奥田碩さんのコメントです(出所:「トヨタ・ストラテジー」佐藤正明著)
5.首位独走の条件〜41.7%安定目標値〜

26.1%を確保すれば多くの場合、1位すなわち強者になります。
分散市場ではそれ以下であっても1位のケースもありますが、その多くの場合は2位とは僅差の1位ではないでしょうか。

いつ逆転されてもおかしくない状況では1位といっても強者の戦略がとれない場合が多いでしょう。
1位であればせめて26.1%は確保すべきです。
そこから26.1%下限目標値が定義されました。下限とは強者の最低条件という意味です。

26.1%以上を確保すれば、仮に残り全てが合併しても73.9%を下回ります。
その差は3倍未満です。これなら何とか生き残れます。
が、残り全てが合併して73.9%を上回ると、対抗できません。
26.1%は、どんなことがあろうとも生き残ることのできる競争地位を示します。

6.分散市場での四つの目標値~19.3%、10.9%、6.8%、2.8%~

以上の73.9%、41.7%、26.1%がクープマンモデルから直接導き出したシェアの三大目標値(田岡・斧田シェア理論)です。
後に、現実のシェア競争はもっと分散しているケースも多いこと、また、26.1%に到達するまでのマイルストーンが必要との実務上の要請から、故田岡先生が次の四つの目標値を付け加えました。

・19.3%(上位目標値)26.1%×73.9%と算出
19.3%(≒20%)を確保すれば、多くの場合上位3位以内に入れるでしょう。20%は弱者が当面の目標とすべき数字です。ここまで来れば1位の背中が見えてきます。戦略を1位獲得に転換します。分散型市場では1位のケースもありますが、極めて不安定です。

・10.9%(影響目標値)26.1%×41.7%と算出
新製品発売時の当面の目標になることから、俗に「10%足がかり」といいます。10.9%(≒10%)を確保すれば、市場全体に影響を及ぼす存在になります。10%未満では強者からすれば相手にする大きさではありません。10%を超えると、本格的な競争に突入するということです。

・6.8%(存在目標値)26.1%×26.1%と算出
6.8%(≒7%)を超えると、市場に存在が認められます。一方、影響を及ぼす力はないので本格的な競争には巻き込まれません。ひたすら自社製品の普及に取り組めばよい時期です。発売から時が流れても7%を超えないようなら勝ち目はありません。撤退の判断基準にも使われます。

・2.8%(拠点目標値)6.8%×41.7%と算出
2.8%(≒3%)は市場参入時に、参入できたか否かを判断する第一の判断基準です。3%→7%→10%が市場参入のマイルストーンです。10%を超えると本格的な競争に突入します。

・細分化して26.1%を目指せ
参入して時間が経過してもシェアが低い場合は、市場全体でシェアを上げていくことよりも、市場を細分化して、細分化したセグメント(部分市場)で26.1%の1位をとることを考えるべきです。商品、地域、販路、用途、顧客内シェアなど26.1%をとれそうになるまで細かくすることです。

26.1%の1位セグメントを一つずつ増やすことで、結果として全体を上げていくと考えます。
戦略とは狙い撃ち
なのです。ただし、全体で集計する必要もあります。四つの目標値は全体集計する際に使います。
福永コメント

73.9%、41.7%、26.1%の三大目標値のほかに私がよく使うのは10.9%(≒10%)です。
私は「有名・無名の分岐点」、「黒字・赤字の分岐点」と呼んでいます。
また、10.9%(≒10%)はシェアと利益の相関関係を調査した際に、転換点となる数値であることもわかりました。
詳しくは、下記の拙著でご確認ください。同書ではシェアが上がれば利益率が高まることを統計調査で確認しました。

7.射程距離理論 三:一(さんいち)の法則

ランチェスター戦略以外のシェア理論で役立つのが「相対市場シェア」概念です。
自社と最大のライバルとの比率のことです。
例えば自社が2位20%で1位が30%だと自社の相対シェアは0.67(30分の20)です。
自社が1位20%で2位が15%なら自社の相対シェアは1.33(15分の20)です。
同じ20%であってもライバルが何%であるかによって力関係は全く異なり、立てる戦略も変わります。
他社との差を分析する方法としてランチェスター戦略では三:一の法則(射程距離理論ともいう)があります。
上限目標値73.9%と下限目標値26.1%を足すと100%。
その比2.83≒3倍。2社間競合の場合、敵の3倍差をつければ勝敗は決することを示します。
常に三人一組で一人の敵と戦った赤穂浪士の討ち入りでも示された軍事上の常識です。

ただしこれは、ランチェスター第一法則適用下の場合です。
全国や地域のシェアなどは第二法則適用下なので、2乗して3倍になるルート3倍が射程距離となります。
約1.7倍
、5:3の比率です。

射程圏内か圏外かにより、上位に対しては逆転可能なのか当面は困難なのか、下位に対しては安全圏なのか、いつ逆転されてもおかしくない状況なのかを見極めます。
短期・中期・長期のシェアアップ目標設定に反映させます。

8.競争パターンの4類型

シェアの三大目標値と射程距離理論を掛け合わせると、同業者の競争パターンは次の四つに類型できます。

分散型 ①1、2位間、2、3位間などの上下の差がルート3以内、
②1位が下限目標値26.1%以下
3強型  ①1位が2、3位の合計以下で、1〜3位の差がルート3倍以内、
②1、2、3位の合計が73.9%以上
2強型  ①1、2位の差がルート3倍以内、②1、2位の合計が73.9%以上
1強型  ①1、2位の差がルート3倍以上、②1位が安定目標値41.7%以上

 

時間の経過とともに大手寡占化が進むのが世の常です。
一般に分散型→3強型→2強型→1強型と推移します。
現在の競争パターンを知ると近未来を予測できます。
現在3強型の3位なら、2強時代に負け組になる可能性が高いので、今のうちに2位を確保すべきです。
このようにシェア類型もシェアアップ目標を定めるときに意識します。成熟市場で大切なのは「敵」の設定です。

福永コメント

シェア争いの推移は次のような傾向を示すことがあります。
1位極大化、2位じり貧、3位漁夫の利・微増、4位以下脱落。
なぜ2位はじり貧するのか。
それについては第3章1にて。