日本酒ラベルで国内に類を見ない印刷会社に飛躍
顧客の役に立つための「集中」で
新たな境地を切り拓く

精英堂印刷株式会社代表取締役社長井上吉昭氏
農林水産省の調べによれば、
日本酒の国内出荷量は、ピーク時の170万から、60万を割り込むまで減少している。その一方で、吟醸酒や純米酒など、特定名称酒においては微増傾向にある。これは、消費者の志向が量から質へと変化したことによるものと同省は分析している。こうしたなか、消費者の志向に合わせた多種多様なラベル作りを手掛けているのが、精英堂印刷株式会社(山形県米沢市)だ。同社はなぜ、日本酒ラベルに集中して事業を展開してきたのか。今後の展開とともに、話をうかがった。
市内のチラシ作成から始まる創業100年の老舗会社
無骨なイメージのある日本酒ラベルに、近年、多種多様なデザインが採用される傾向にある。まるでワインのようなカジュアルなラベルをご覧になった方も少なくないだろう。
その背景には、従来の淡麗辛口以外にも、甘みのあるものや酸味をきかせたものなど、飲み口の幅が広がっていることが挙げられる。盛んに行われるようになった酒蔵を巡るツアーや利酒イベントなどに若い女性の姿が見られるようになったのは、これらと決して無関係ではない。清らかな水や空気に恵まれた東北地方には、酒造メーカーの老舗が数多い。東北の酒造メーカーを中心に、日本酒ラベルの印刷に「集中」して、全国指折りの印刷会社となったのが、精英堂印刷だ。同社代表取締役社長の井上吉昭氏は語る。

そもそも同社の創業は1915(大正4)年にまで遡る。当時は石版印刷と呼ばれる、石版石を加工して印刷する手法を用いて、沢市内の商店街のチラシなどを作成していた。戦後、1952(昭和27)年に有限会社として組織化。この頃から日本酒ラベルの製作に携わっていたようだが、メインに扱っているわけではなかった。戦後の混乱期を乗り越え、やがて米沢市だけでなく、山形市、天童市、寒河江市など、山形県内に営業エリアを広げていく過程で、取引先の多くが酒造メーカーになっていった。さらに、新潟や福島、秋田といった周辺の県に足を伸ばしても同様の傾向にあった。先述したように、東北は日本酒作りに適した水や空気に恵まれていることから、もともと大小含めて酒造メーカーが多かったことが要因である。

「日本酒ラベルは、酒税法と食品衛生法に規定された、文字の大きさや表示すべきマークなど、細かなルールが定められているのが特徴です。私どもは早くか日本酒ラベルの製作を手掛けていたために、一般の印刷会社に比べ、こうしたノウハウを蓄積していました」。
こうした特殊性から、昭和40年代には日本酒ラベルに特化し印刷会社として舵を切り、ラベルに付随する日本酒のパッケージなども手がけるようになった。井上氏によれば、全国にある印刷会社の中でも、酒造メーカーを中心に展開しているのは同社も含めてわずか5社程度。専業業者は少なく、酒造りの盛んな東北においては、同社そのほとんどを担っているという。
「山形県米沢市という立地もあって、全国展開をしている大手メーカーより、東北にある大小のメーカーからの引き合いが強い特徴があります。日本酒と近い条件下の製品である醤油も手掛けており、一時期は年間の売上の90%が日本酒と醤油のラベルが占めていたこともありました」。
現状に甘んじず第2の「集中」戦略をとる
創業100年以上という長い歴史のなかで、日本酒ラベルに「集中」したことのほかに、転換点というべき時期は2つある。1つは1985(昭和60)年に、現在地である米沢市八幡原中核工業団地に移転したこと。この工業団地は、米沢市の工業技術力を最大限に発揮するために当時の米沢市長の肝いりで建設されたもので、現在では山形県の製造品出荷額のトップを誇工業団地となっている。有事の際でも製造状況に支障のないよう、山形県酒田市や新潟県など4系統からなる電源が確保されており、2011(平成23)年の東日本大震災の時も停電は一切なかったという。この工業団地に移転することで、同社は企画・デザインから印刷・加工の最終工程までを一貫して行える機能の整備と充実を進めた。このような一貫生産工場は、山形県はおろか、東北の印刷会社でも備わっているところは少ないという。
もう1つは、1999(平成11)年7月に、従来のオフセット印刷に代わって「水なし印刷」の導入を決めたことだ。
従来のオフセット印刷は、現像段階で強酸強アルカリの液体が廃液として出る。これは、印刷時に、版の上にインキを付けない部分に薄く水を張ることで化学物質成分が溶け出すからで、その廃液は水質汚濁防止法の基準を大きく上回るものとなる。つまり、そのまま下水に流すことは出来ない。毎日大量の印刷をすることで、膨大な汚水が発生することになる。

一方「水なし印刷」は、水の代わりにシリコン層を張る手法を取っている。このシリコン層の上にコンピュータ制御の細かい針で引っ掻くようにして絵柄を描いていくため、現像時に出るのは削って出来たシリコン層のカスのみ。これをフィルターで濾し取ることで、何の化学物質も付着していない排水が可能となり、そのまま下水に流すことが出来る。つまり、環境負荷の少ない印刷方式である。大量に使っていた水を大幅に圧縮した上に、有害な廃液を出さない環境優位性の高い印刷方式なのである。
従来のオフセット印刷との違いは、環境負荷だけではない。水を大量に使う印刷方式の場合、インキが滲んでぼやけた印象になるが、「水なし印刷」の場合は、それがなく、細部までくっきりとクリアな形で絵柄が表現される。環境だけでなく、高品質な製品製造が可能となるのだ。同社は「水なし印刷」を用いたパッケージ印刷の安定供給に日本で初めて成功した会社であり、今日ではパッケージ、ラベル、シールなど、いずれの分野でも「水
なし印刷」で供給することが可能となっている。
「もっとも、版の一枚単価は従来の方式で印刷するより若干高額になります。インキの供給や資材の問題ですべての商品というわけにはいきませんが、現在、当社で手掛ける商品の約6割が『水なし印刷』による印刷となっています」。
この「水なし印刷」への切り替えは、同社にとって日本酒ラベルに続く第2の「集中」戦略
といえるだろう。
表現領域の広がりで新規取引先も開拓
「水なし印刷」をコアテクノロジーとしている印刷会社は、まだ少ない。そんななか、微細な表現が可能になったことで、同社の顧客にも広がりが見られるようになった。
「面白いことに、女性をターゲットとする取引先が増えました。環境意識が高いということと、女性の求める繊細な表現が可能であることが要因だと思います」。
例えば、女性の髪の毛を一本一本までくっきりと表現するのは「水なし印刷」の得意とするところだ。また、環境に配慮した印刷であることをパッケージに表示できることもあり、ラインナップの全商品を「水なし印刷」にすべて移管した会社もあるという。こうしたことから、冒頭で挙げた、女性が好みそうな、まるでワインのようなカジュアルな日本酒ラベルを手掛けることが出来るようになったのはもちろんのこと、現在、急激に取引が増えているのが化粧品や食品加工のメーカーだ。一般的に、化粧品のパッケージはデザインにこだわる。そのパッケージデザインは社内ではなく、外注したデザイナーに依頼することが多く、そのこだわりを微細に至るまで表現するのには、「水なし印刷」は欠かせないものだと井上氏は語る。「ここ10年ほど、外注したデザイナーによるデザインがパッケージ業界で増えています。彼らには「これでいい」という妥協点がない。細かな部分で「こういう表現がしたい」というこだわりがあります。私たちは、まさに、そうしたこだわりにお応えできる技術を持っているのです」。
印刷業界ではまだ少ない「水なし印刷」に「集中」戦略を取った結果、それまでの得意分野であった日本酒ラベルの枠を超え、新たな境地を拓くことになった同社。少子高齢化で国内需要が下がりつつあるなかでも、酒造メーカーは国内消費を喚起しようと策を練っている。同社は、それと歩調を合わせ、今後も日本酒ラベルをベースにしながら、新たな挑戦を続けていくという。「経営理念は『お客様の商品の意匠を創造し、お客様の商品力を高め、お客様のお役に立って、前進する」ということ。自社製品を開発するという道もありますが、あくまでお客様の商品がより売れるものに、より売りやすくなるものにしていこうというのが、私たちの方針です」。雪深い東北の印刷会社が見せる顧客への誠実な熱意は、創業から100年経った今も、脈々と冷めることはない。
ランチェスター戦略実践ポイント
- 得意とするものをさらに伸ばすよう心がける
- 他社が取り入れていない技術や分野でも積極的にチャレンジする
- より幅広く顧客の要望に応えられるよう、自社の技術を常に磨く
