月刊ぶぎんレポート:照栄グループとドラEVER ― 生き残るために多角化した会社

いまコロナによりピンチに陥っている会社は多い。会社を守らなければならないが、経費削減だけの実戦一方では守り切れるものではない。いまこそ、時流に応じた新製品の開発、新市場の開拓、新事業開発などの積極策も検討すべきではないか。今回は生き残るために多角化していった運送業の照栄グループ(本社は大宮)の事例を解説する。ランチェスター戦略の専門家が、同社の戦略を分析することで、読者の会社への応用のポイントを提示する。

社長になって金持ちになりたい――そう強く願ってトラックのドライバーになった。岡野さん18歳のときである。子供の頃、家庭の事情で両親とは暮らせず、貧しかった。学校でも虐げられ、非行に走った。中学を出ると露天商でたこ焼きを焼いた。だが、その業者は納税していなかった。自分は社会的には働いていることになっていないことに気づく。自動車免許をとってドライバーとなり、運送会社の社長になろうと決めた

人の二倍働いて21歳のときに独立した。1999年のことである。務めていた運送会社からトラックを買い取り、下請けで仕事をもらい個人事業主になった。ところが、思ったほど儲からない。社員時代のほうの手取りが多い

青果物の配送を行っていた。青果物は重くてかさばるが安い。運賃も安い。だから大手の運送会社はやりたがらない。規定より多く積むことで何とか成り立っていた。法の網の目をくぐった無許可営業の白ナンバーのトラックが行っていた。岡野さんが勤めていた会社もそんな零細な会社だった。その下請けでは儲からない。

そこで、岡野さんは新たな荷主を開拓する営業を始めた。図1のように青果物は何工程もの加工を経て総菜になる。工場と工場の間を運ぶのが運送会社の仕事である。各工場がそれぞれ運送会社に発注していた。たとえば、岡野さんは皮むき工場からカット工場へ野菜を運ぶ仕事を請け負っていた。カット工場から加熱工場へ運ぶ仕事を受注すれば、納品した足で荷受けできる。移動時間が少なく済むので価格競争力はある。真面目に納品してきたので信用もある

岡野さんは独立した照栄物流株式会社を2002年に設立、一般貨物運送事業許可も取得し、晴れて緑ナンバーの運送会社の社長になった

前後の工程の工場に営業して仕事を増やすことは誰でも思いつきそうなことだ。だが、実現するのは簡単ではない。物流の仕事には保管の仕事がつきものだ。投資して倉庫を用意しなければならない。冷蔵車両や冷蔵倉庫もいる。人とトラックも増やしていかなければならない。零細規模の運送会社はそれができない。先行投資をしなければ仕事は得られないのだ

照栄物流はトラック100台で年商10億円規模となるが、2010年代に入ってドライバー不足時代が訪れる。低賃金で長時間労働の仕事が嫌われて、仕事があっても人が採用できない。照栄物流の10キロ先にもう一社運送会社の株式会社プロデリバリーズを設立することで、求人力を強化した。

ドライバーが低賃金で長時間労働なのは、運送会社の収益性が低いからである。仕事とドライバーとトラックと会社の仕組みを改善することで生産性は向上できる。この問題意識のもと、照栄グループの多角化が始まった

第一に仕事である。運送業は発注者が価格決定権をもっている。価格競争になりがちである。この発注者と受注者の関係を変えられないか。「荷主の顧客になる」事業を始めた。顧客である青果物の加工品を仕入れて飲食チェーン企業に販売する卸売業の株式会社照栄サプライである

冷蔵倉庫をもつ運送会社が問屋になるのだから競争力がある。販売先を確保して荷主から仕入れて販売した。荷主の一方的な価格決定権に歯止めがかかり、他社との相見積もりも減った

第二のドライバーのことは後で書く。第三はトラックである。利益を増やしようとトラックのメンテナンスは必要最低限に抑えていた。メンテを後回しにすると故障は多くなる。見た目がボロいと顧客や求人にも差しさわりがある。しっかりと整備をしたほうが結果として会社の利益が増えるのではと考えを改めた。整備部門をつくり、整備がしっかりされたキレイで故障しないトラックになった。同業者からも整備を依頼されるようになり、フロンティア株式会社として分社化した

中古トラックの買い取り販売をするサイトラ株式会社も設立した。これも自社のトラックの売却や購買の延長線で始めた会社だが、本業との補完関係にある。運送業界も浮き沈みがある。不景気になるとトラックを売る運送会社が増えるのでサイトラの売上は増える。照栄物流の売上減をある程度補える。多角化経営はリスクヘッジでもある。

第四が会社の仕組みである。照栄物流は運行管理、勤怠管理などの仕組みをIT化してきた。シアークラフト株式会社に発注してきたが、同社をグループに吸収して、培ったノウハウを運送会社に販売していくことになった。トラックの整備と同様にコスト部門を営業部門にした

同社で開発し、いま一番力を入れて販売しているのが勤怠管理と経費精算に加えて給料の前借りが自動でできる TRCD-002 という機械である。実はドライバーはカードローンなどの返済を抱えている人が多いという。前借りのニーズがある。前振りができることは採用に有利なのだ。ところが、事務所内で現金の授受を頻繁にするのはトラブルの元。会社はやりたがらない。定められたルールのもと、銀行のATMのような機械で自動で現金を引き出せるのは便利である

運送会社の収益性向上のなかでも、ドライバー不足のいま、極めて重要なことはドライバーの確保である。ドライバーが集まる会社は栄え、集まらない会社は滅びるといっても過言ではない。どうすればドライバーは集まるのか。この課題に長年取り組んでノウハウを蓄積してきた岡野さんは2015年、ドライバー専門求人サイト「ドラEVER」を立ち上げる。専門サイトは数社あったが、ドラEVERが抜き去り、専門サイト No.1となる。

その魅力の一つが、求職者の探しやすさを追求した様々な検索機能を設けていること。二つ目にPR動画で運送会社の雰囲気や人間関係を伝えていること。そして、三つ目が求職者がプロフィールを登録しておくと、求人している会社から面接を依頼するスカウト機能があることだ。これらの機能で同業他社を圧倒した

専門サイトでは No.1 でも大手求人サイトのドライバー部門はその物量とブランドで手ごわいのではないかと筆者が問うと、ドラEVERは求人だけでなく、運送会社の仕事やトラックや仕組みも提供する総合的なプラットフォームにしていくので大手求人サイトとは根本的に差別化できるという

運送会社が仕事を増やすための荷主と運送会社をマッチングするサービス、運送会社が協力会社を探すためのマッチングサービス、トラックの整備や売買、情報システムの構築、燃料・ETCなど経費削減策、自社で取り組んできた運送会社の生産性向上の取り組みを次々とサービスメニューとしてドラ EVER 利用会社に提供していく。運送会社のあらゆる課題をワンストップで解決していく構想である。ドラ EVER は株式公開を目指すとのことだ

すべての打ち手が成功したわけではない。岡野さんは行きつけの焼肉店の店主から経営を引き継いでくれと依頼され、引き受ける。順調に経営をしていたが、他店で生肉料理ユッケの食中毒事件が起きる。片手間で行う事業ではないと判断して店じまいした

フィットネスクラブのフランチャイズに加盟したが、集客が不調で赤字となった。全力を尽くせば立て直せたかもしれない。だが、同じ労力を使うなら本業で使うべきと判断し、損切りをして撤退した

本業と親和性の少ない分野での事業は中小企業には向かない。図2のように運送業の周辺分野の事業はうまくいっている

持ち株会社の株式会社照栄を設立し、グループ経営に移行した。幹部社員に各社の代表取締役社長を任せた。その際、給料もだいぶ増やしたが、社長を任された幹部の経営手腕で業績を向上させている。グループ年商は60億円を超えた。分社化は幹部育成に効果的である。

筆者の指導原理のランチェスター戦略は特定分野でNo.1になることを重視している。No.1になるには「差別化」と「接近戦(顧客とのコミュニケーション)」と「集中」が大切である

ドラ EVER は教科書通りである。専門サイトでNo.1となり、大手総合求人サイトのドライバー部門に対しては、求人以外のサービスで差別化と運送会社に集中しコミュニケーション機会(接近戦)を増やしている。大手のドライバー部門と比較してもNo.1になるだろう

一方、多角化経営は「集中」していないのでランチェスターとは異なる考えではないかと思われるかもしれない。確かに経営資源の乏しい中小企業が本業と相乗効果が得にくい「飛び地」の事業をすることはお奨めしない。だが、周辺事業への進出には前向きだ。ただし、やる以上はドラ EVERのように特定分野 No.1を目指していただきたい

照栄グループは本業の運送業の競争力を上げるために取り組んできたノウハウを外売りする多角化を進めてきた。中小企業の多角経営のモデルケースと思う

「運送・物流業の社会的地位の向上を目指す。運送・物流業を正しく社会へPRし運送業界の発展、繁栄に貢献する」照栄グループの理念である。社長になって金持ちになりたいとの岡野さんの創業時の野望は、業界の発展とドライバーの幸せが自社を繁栄させ、自らが満たされるとの使命感に昇華した

【会社情報】

  • 会社名: 照栄グループ
  • 代表者: 代表取締役 岡野 照彦
  • 事業内容: 物流およびその関連事業
  • 創立: 1999年
  • 従業員数: 300名
  • 売上: 60億円
  • 所在地: さいたま市大宮区

◾️取材を終えて 福永雅文
照栄グループの多角化の歴史について伺っていると、ミツバチの巣づくりが思い浮かんだ。ミツバチは六角形の部屋を積み重ねて大きな巣をつくる。同じ形状の部屋を積み重ねるには三角形と四角形と六角形しかない。なかでも六角形は面積が一番広いので軽く、外からの力を分散させるので衝撃吸収性が一番強い。軽くて丈夫なので航空機の構造にも使われる。ハニカム構造という。図2は筆者のイメージから六角形で表現した。 ミツバチが一部屋ずつ巣を拡げていくように、照栄グループは周辺分野を自社の陣地にしていったことで景気や値下げ圧力や人手不足といった衝撃を吸収し、丈夫な組織をつくった。そして育まれた命のなかから、上場を目指す事業が育っている。