深谷市出身の鳥羽博道氏が創業したドトールコーヒーの歴史は「差別化」の歴史です。
創業時はコーヒーの焙煎事業者でした。商社が海外から輸入してきたコーヒーの生豆を仕入れて、焙煎し、喫茶店などの飲食店に卸売する仕事です。大きな契約をとろうとすると大手の同業者と価格競争になり、規模の小さな鳥羽氏の勝ち目はありません。
そこで考えたのがコーヒーショップの経営です。1970年代当時、喫茶店はどこか暗めで、健康的なイメージではありませんでした。鳥羽氏は当時の喫茶店とイメージを「差別化」した明るく健康的で女性も入りやすいコーヒーショップの「コロラド」を世田谷の三軒茶屋に開店。繁盛店になります。
この繁盛店の店づくりのノウハウをおすそ分けする方式で、本業の卸売先である飲食店にコロラドを経営することを提案します。ボランタリーチェーンの展開です。最盛期には全国250店となります。
80年にはセルフサービス方式のコーヒーショップ「ドトール」を日本で初めてチェーン展開します。従来のフルサービスの喫茶店と「差別化」したセルフサービスで、価格をおよそ半額とします。しかし、味やコーヒーカップや店内イメージは決して劣ったものではありません。フランチャイズ展開し、日本最大のコーヒーショップチェーンとなります。
その後、米国シアトルで1971年に創業したスターバックスが日本に進出(※1996年)。同社は自店を「サードプレイス(自宅と勤務先に次ぐ第三の場所。自分を取り戻す、くつろぎの場)」としてドトールに「差別化」します。2010年代後半には日本国内店舗数で逆転し、日本一になります。
スターバックスが高級でおしゃれな街に、サードプレイスの考えの、ゆったりとくつろげる大型店を展開しているのに対して、ドトールは電車移動する都市型サラリーマンを対象に、駅前やエキナカの隙間のような狭小・変形スペースに小型店を展開しています。一等地のなかの他社が手を出しにくい穴場立地です。ドトールは店舗数が2位に陥落しますが、スターバックスと「差別化」して1,400店舗を展開する1,500億円企業となりました。
「自分のやってきたことは、まさにランチェスター戦略だったと気がついた。もし創業当時の最初の段階からこの戦略を知って、意図的に、かつ徹底的に活用していれば、ドトールは今の3倍の規模に達していただろう」
2008年に発行された書籍『ランチェスター思考』(福田秀人著、稲永雅文も寄稿者の一人)に寄稿したコメントの一部です。本稿は差別化戦略で、読者の企業や商店が繁栄する方法を解説します。
「小」はいかにして戦えば「大」に勝つ可能性が見いだせるのか。その理論と実務の体系が「ランチェスター戦略」です。
1970年代の前半にコンサルタントの草分けの一人である故田岡信夫先生(1927〜1984)が確立しました。日本人のコンサルタントが企業の戦略づくりの指導原理として作ったものですから、わかりやすくて使いやすい。多くの企業がこれを学び、自社の戦略に取り入れ、成果をあげてきたことからバイブルと呼ばれています。
ではなぜ、日本人がつくったものにカタカナの名前がついているのでしょうか。それは田岡先生がこの理論を確立するにあたり、戦略思想の原点となったものがあるからです。第一次世界大戦のときにイギリス人のF・W・ランチェスターが提唱した「ランチェスター法則」です。戦争における戦闘の理論です。 その特徴は
●勝ち負けは武器の性能と兵力の数によって決まる
●近代的・総合的な戦い(第2法則)では兵力の数で勝ち負けが決まる
●原始的・部分的な戦い(第1法則)では武器の性能が良ければ兵力が少なくても勝つ可能性は見出せる
以上から、兵力の少ないもの「小」の勝ち方の原則が導かれました。
A)第1法則が適用する原始的・部分的な戦いを選ぶ
B)武器性能を上げる
C)兵力を集中する
兵力が少ないものは、武器の性能を上げることで勝つ可能性を見いだす。このことから弱者の基本戦略「差別化」が導き出されました。
では、その差別化を中小企業がどのように考え、実践し、成果を上げていけばよいのか。筆者は「5つの買う理由」を磨き上げることをお奨めしています。顧客が他社ではなく自社を選ぶ理由は次の5つです。
①商品千葉県船橋市を中心に10店舗を直営で展開する人気パン屋のピーターパンの最大の買われる理由は、常に焼きたて・揚げたて・作りたてのパンであることです。大ロットで焼くほうが効率がよいのに、同会社は一種類を小ロットで高頻度で焼いています。店頭には常に焼きたてのパンが投入されていきます。焼きたてに勝るおいしさはありません。①の商品でズバ抜けています。
日高市出身の神田正氏が創業者で現会長の日高屋は「うますぎない味」を標榜しています。ラーメン専門店の強烈な個性や中毒性はうまい。だが、週に何度も食べたいものではないと日高屋は考えます。一方、昭和時代の駅前の屋台のラーメンはシンプルであるがゆえに食べ飽きない。あったかく、なつかしく、ほっとする味です。そして屋台は便利がよいところに深夜でもやっていました。日高屋は屋台のように、主要駅の駅前や主要繁華街に出店し、深夜でも営業している③の利便性でズバ抜けています。
東京都町田市にある街の電器屋さんのヤマグチは「遠くの親戚より近くのヤマグチ」をモットーに徹底的なアフターサービスにより、高くても売れています。たとえば、顧客からエアコンの調子が悪いと連絡があれば、ヤマグチの販売員(当社では「御用聞き係」と呼んでいる)が、直ちに冷風機をもって駆け付けます。点検・修理期間の時間をしのいでもらう気配りです。そのような、かゆいところに手が届くサービスは大手量販店にはできません。高くても、面倒見のよいヤマグチから買う理由です。④の関係性でズバ抜けています。
秩父市のイチローズモルトは世界で評価された日本のウイスキーですので①の味も確かなものですが、熱狂的なファンが存在するのは、当社のストーリーへの⑤共感性がズバ抜けているからです。小さな蒸留所の実家が倒産寸前となったとき、社長の息子で当時、サントリーの社員であった肥土伊知郎氏がウイスキーの原酒を守り、秩父で小さな蒸留所をゼロから起し、世界の品評会で高く評価されるウイスキーをつくり、再建していきます。このストーリーに共感してファンとなります。
ドトールの普及期の1980年代、フルサービスの喫茶店のコーヒー一杯の平均価格は300円から400円に上がっていきます。ドトールは150円です。当時のタバコ代が浮きます。他店ではなくドトールが選ばれた重要な理由は②価格です。
ただし、ここで注意したいことは、ドトールは単なる値引きで安売りしたわけではないことです。味も雰囲気も安かろう、悪かろうではありません。立地は駅前やエキナカでありながら狭小・変形立地で家賃は抑えます。コーヒーは自社工場で製造し、お店はセルフサービス方式でコストダウンを図り、回転率の高い店づくりで、低価格でも利益がでるビジネスモデルを開発しています。
ドトールのようにビジネスモデルで差別化しない限り、安く売る競争は大企業に向く戦略ですので、中小企業は価格以外の4つの買う理由のなかから選ばれる理由を磨き上げることをお奨めします。
営業会社の場合、営業員が相見積もりになって「価格で負けた」と失注理由を報告することが多いです 。筆者も営業経験がありますので、気持ちはわかりますが、これを理由にしている限り、営業員の成長発展はありません 。筆者はコンサルティングや研修で営業員の教育に携わる際に、「価格で負けた」と云うのを禁句にしてもらいます 。「価格以外の商品・利便性・関係性・共感性の差別化ができなかったことで価格勝負となったことが敗因なので、今後は価格以外の差別化を顧客に理解してもらうために○○を行う」と報告してもらっています 。
5つの買う理由について5社の例で解説しましたが、大切なことは5項目ともにズバ抜けることは現実的ではなく、その必要もありません 。まず、第一に何か一つでズバ抜けることです 。多少よいでは目立ちません 。圧倒的な差をつけます 。第二に5つの項目の全て、許容水準を上回ることです 。ヤマグチやイチローズモルトは安くはありませんが、法外な値段で売っているわけではありません 。スタバと比べるとドトールの好感度は低いと云われますが、日本においてコーヒーを生活の一部にしてきたドトールの共感性は決して許容水準を下回ってはいません 。
第三にズバ抜けた項目の次に二つ目の項目を業界トップクラスにすることです 。イチローズモルトは共感性に次いで商品力も高いです 。ピーターパンと日高屋はライバルと比べて価格でもトップクラスの安さです 。コスパが高いです 。
5つの買う理由について解説してきましたが、買う・買わないは供給側の企業ではなく、需要側の顧客が決めることです 。そして、顧客は主観的に決めます 。主観なので、大企業のほうが中小企業よりも優れていると感じる人も多いです 。誤解している人も少なくありません 。たとえば、市販のペットボトルの水よりも水道水の安全基準が高いことを知る人は少ないです 。
したがって、中小企業は自社の製品・サービスについて実証、実績、付加価値を示します 。実証する機会の提供や実証した結果を提示します 。顧客の声や販売量の多さや評価された実績を示します 。希少性や物語性を示し、人の感性に響く付加価値を提供します 。
まずは貴社の主力商品の5つの買う理由をライバルと比較して棚卸しをしてください 。次に勝っている項目または勝てそうな項目を選んで、実証・実績・付加価値を磨き上げて「差別化」とし、自社を繁栄に導いてまいりましょう 。