コンサルタントである筆者は、多くの経営者や営業管理職の方々と接してきました。加えて直近の6年間は、20代の若手教育にも携わり、トップセールスの養成も行なっています。そのなかで、若手からは次のような声をよく耳にします。
「初めて自社の戦略が理解できた(それまでは理解していなかった)」
「競争とは値引きだけではなく、戦略で戦う方法があることを知った」
「そもそも、なぜ競争し、なぜ勝たなければならないのかをわかっていなかった」
同じ会社に長く勤めるベテランになれば、自社の戦略を「何となく」は理解できるものです。自分自身はそれで困らなくても、実は「腑に落ちる形で理解できていない」部下や後輩が少なくないことに、薄々気づいているのではないでしょうか。自社の戦略を理解できていないことは、離職を招く要因の1つにもなっています。
また、自社の戦略を深く理解していなくても、個人の頑張りで成果を出していれば、プレイングマネジャーまでは評価されます。そのため、自分が戦略を理解していないことにさえ気づいていないベテランも少なくありません。
まずは、自社がなぜこの戦略をとるのか、その「意味」を自分自身が理解すること。そして、部下や後輩に自分の言葉で噛み砕いて語り、腹落ちさせること。そのうえで、自部門の戦略づくりに主体的に参画させ、チームでベクトル(方向性)を合わせて実行し、成果を出す。これらは、経営戦略を「教養」として身につければ、決して難しいことではありません。
筆者が本書で訴えたいのは、経営戦略は経営トップや一部の本社スタッフだけのものではなく、すべてのビジネスパーソンが理解し、主体的に使いこなすべきものだという考えです。これを筆者は「経営戦略の民主化」と呼んでいます。民主化とは「これまで限られた人だけが享受していたものを、誰もが手に入れられる状態にすること」を意味します。
この「経営戦略の民主化」を推し進めてきた原動力こそが、「ランチェスター戦略」です。戦闘の勝ち敗けの方程式である「ランチェスター法則」を、コンサルタントの草分けである田岡信夫先生が経営に応用した、日本発の経営戦略理論です。市場シェアを重視する科学的な考え、かつシェアを上げるための実務が体系化されているため、極めて実践的です。
多くの企業が戦略づくりに活用し、ビジネスパーソンの教養として学び継がれてきたことから、ランチェスター戦略は「経営戦略のバイブル」と呼ばれています。この原理原則に照らし合わせれば、読者の会社の戦略も自ずと腹に落ちるはずです。
ランチェスター戦略は大企業の本社戦略としても活用されますが、現場レベルでは「ブランチ(支店・営業所)の戦略」「汗のにおいのする戦略」と評されることも多いのが特徴です。また、「弱者が強者に勝つ」「企業規模に応じたナンバー1のつくり方」を説いていることから、中小企業の経営戦略の代名詞的存在でもあります。
自社の戦略を理解していない社員が少なくない理由に、「戦略の策定は経営トップや一部の本社スタッフの役割であり、一般社員は目の前の業務に専念すればよい」という考え方があります。この考え方では、戦略と実行は分離され、現場は上から与えられた戦略を「実行するだけ」の戦術係になります。
果たしてそれで本当に現場の力を最大化できるでしょうか。
私がこの問いに向き合ったのは、ある外資系製薬メーカーのコンサルティングをしたときでした。世界シェア1位を争うその会社で、私はトップセールス(医薬品業界ではMR)の育成を依頼されました。病院内の医師単位での需要(患者数)とシェアを調べ、重要度を格づけし、訪問頻度を最適化し、売上とシェアの目標を自ら設計する──。これはまさに、ランチェスター戦略の基本に基づく実践です。
しかし、本国から派遣されたマーケティング本部長は異を唱えました。「そんなことは本社が決める。MRは製品知識や商談スキルに専念すればよい」。彼の名刺には有名大学のMBA(経営学修士)を持っていることが示されていました。戦略と実行の分離を志向する欧米型マネジメントの典型でした。
私は次のように説得しました。
① 顧客の格づけは、MRが活動時間を最適に配分するために不可欠であること
② 格づけは売上ではなく、顧客の需要と顧客内シェアを基準にすべきこと
③ 病院単位の情報は会社にあっても、医師単位の情報は現場にしか集められないこと
④ 「売りながら調べ、調べながら売る」ことが、最も効果的かつ効率的であること
最終的に渋々理解は得ましたが、「今回は仕方ない」と本部長は言いました。つまり、彼の根底には「戦略と実行は分離すべきもの」という揺るぎない前提があったのです。
もちろん、真逆の考え方を持つ幹部にも多く出会いました。ある国内BtoB製造業で、全国50カ所の営業所長向けにコンサルティングをしたときのことです。そのとき出会った営業本部長は理系出身で、工場長を経て営業責任者となった経歴の方でした。ジョブ型雇用(仕事に人を割り当てる雇用形態)の外資系企業ではありえない人事ですが、メンバーシップ型雇用(人に仕事を割り当てる雇用形態)が一般的な日本企業では珍しくはありません。彼は私に言いました。
「ランチェスター戦略を導入したかったのは、QCやISOに似ているからです」
QC活動やISOの品質管理では、小集団が自発的に改善に取り組み、全員が成果を共有する「現場全員が考え、行動する仕組み」があります。これにより品質が高まり、生産性が向上し、企業全体の力が底上げされます。
営業も同じではないか──そう彼は考えました。筆者が導入した、営業所のセールスパーソンが自ら顧客情報を集め、それを持ち寄り、営業所単位で目標と戦略と行動計画を立てる仕組みを、彼は全員参加型の戦略づくりと捉えました。戦略と実行を一体化する思想です。これにより、営業活動は属人的ではなく論理的で再現性のあるものとなり、チーム全体で目標達成の力を高めることができるのです。
筆者は「戦略と実行は分離させるべきではない」と考えます。これは、社員1人ひとりが勝手に好き放題に戦略を立てるという意味ではありません。会社の戦略を正しく理解し、共通認識として持ち、それを自分の業務にどう結びつけるかを主体的に考えることです。組織の戦略と、営業現場1人ひとりの行動が1本の線でつながる──。これこそが経営戦略の民主化です。
そのために、ビジネスパーソンは経営戦略の教養を身につけるべきですし、その候補としてランチェスター戦略をお奨めします。なぜなら、ランチェスター戦略は、時代・業界・企業規模を越えて使われ続けてきた「原理原則」だからです。中小企業はもちろん、先の例で示したように、大企業であっても営業所単位、営業員単位で使われてきました。「戦略の民主化」を推進する指導原理だから、書店に50年以上ランチェスター戦略の本が並び続けていて、いま、あなたが手にしているのです。
ビジネス戦略の原理原則を説く古典を学び、教養を身につけることは有効です。さらにいま、ランチェスター戦略を学ぶ理由は、日本企業の雇用形態がジョブ型を取り入れつつあるからです。ジョブ型にもよい点はありますが、注意していただきたいのは、ジョブ型は戦略と実行を分離させようとし、ビジネスパーソンを戦術係の兵士とする思想であることです。ビジネスパーソンは20代の若手であっても、会社の戦略を理解し、部門の戦略づくりに関わり、そして自らの戦略を策定するべきです。ランチェスター戦略は、すべてのビジネスパーソンが自らのビジネス人生を将軍として生きるための教養なのです。
これまで、ランチェスター戦略に関する書籍は数えきれないほど刊行されてきました。筆者もこの20年の間に15冊の本を書いています。本書には、従来の類書にはない特徴があります。
ランチェスター戦略の書籍の多くは、経営戦略や営業戦略の指南書として書かれています。一方で本書は、そもそも「経済、経営、戦略とは何か」から説き始め、体系的・網羅的にまとめた経営戦略の歴史のなかに、ランチェスター戦略を位置づけています。経営戦略の代表的な理論と何が同じで何が違うのか。ランチェスター戦略を学ぶうちに、経営戦略も学べるものとしました。
・第1章
戦略と実行を分離すべきか否かを歴史的背景から紐解き、なぜ、ランチェスター戦略が「戦略の民主化の指導原理」であるかを示します。なぜ、令和時代のいま、ビジネスパーソンはランチェスター戦略を学ぶべきかを解説します。
・第2〜第4章
ランチェスター戦略とは何か、これをどのように使うのか。ビジネスパーソンの教養という視点で解説します。
・第5章
なぜ、トヨタは世界一になれたのか。GAFAM、ソフトバンクグループ対楽天など、現代の産業の覇権争いをランチェスター戦略で読み解きます。単なる理論の説明に留まらず、「読み物」として楽しみながら学ぶことで、経営戦略の理解を深めます。
・第6章
令和のビジネス環境に合わせ、ランチェスター弱者の差別化戦略をどう強化するか、近年の新しい理論や実務手法を交えながら経営戦略の未来を展望します。
本書で紹介する人物のうち、存命の方には敬称を付し、故人については歴史的記述の慣例に従い、原則として敬称を省略しています。なお、田岡信夫先生および斧田大公望先生については、本書の主題に深く関わる人物であり、筆者の敬意を込めて、例外的に「先生」の敬称を用いています。ご了承ください。
本書は、読者の会社の「経営戦略の民主化」のための教養書です。
ランチェスター戦略を通じて、戦略を一部の人だけのものではなく、自分自身の武器として手に入れてください。そして職場の仲間と共有し、共に学び、共に考え、共に働く文化をつくりませんか。きっと、仕事がもっとおもしろく、成果がもっと確かなものになるはずです。
2026年1月
ランチェスター戦略コンサルタント
福永雅文
はじめに ──経営戦略の民主化
第1章 ランチェスター戦略 誕生の背景おわりに ──戦略と実行を分離させるな